紅いコーリャン(80点)

2008年08月13日 02:42

紅いコーリャン紅いコーリャン
(2004/02/21)
鞏俐姜文

商品詳細を見る

壮大で華麗な北京オリンピックの長〜い!開会式の様子を見ていて<ああ!張藝謀の色彩だなあ!>と改めて認識した次第である。あの色彩に「紅いコーリャン」と兵馬傭兵の扮装に「テラコッタ・ウォーリアーズ」を思い出した人がいたはず。赤と黄色の組み合わせなど日本人には出来ない芸当である。(日本人の色感とは随分違うのだが、多分水が違うから染色の色合いも違うのか?)農民出身の監督が北京オリンピックの開会式を統括するなど80年代には思いもよらなかったことであろう!誇らしいことであると思う。「紅いコーリャン」は監督チャン・イーモウの初監督作品でありコン・リーにとっても本格的デビューとなった記念的作品である。中国内外共に問題作であった。原作は莫言(モー・イェン)の「紅高粱」「高粱酒」である。この作家の作品はよく映画化されており、「故郷の香り」やイーモウ監督の「至福のとき」など名作が多い。1920年代の中国、山東省の造り酒屋にラバ一頭で父親に売られて嫁入りすることになった18歳のチウアル(コン・リー)。相手は年の離れたハンセン氏病の老人であると聞き、嫌々嫁入りの輿に乗っていたのだが、途中強盗に襲われる。誘拐されそうになったチウアルを助けてくれたのは、婚家から迎えに来てくれていたユイ・チャンアオ(チャン・ウェン)だった。盛大な結婚式が行われた3日後、慣例にしたがって実家の父に伴われて里帰りをすることになるチウアルだったが、再び同じ場所で強盗に襲撃される。だがチウアルを誘拐したのはユイだった。若い二人は惹かれあっており結ばれる。数日後、戻ったユイアルを待っていたのは主人が殺害されたという一報だった。未亡人となったユイアルは番頭のルオハン(トン・ルーチュンは「山の郵便配達」のお父さん役だった人)の協力もあって、造り酒屋の女主人に納まる。ある日、匪賊のトゥー・サンパオ(チー・チュンホア)が酒屋を襲いユイアルを誘拐する。ユイは身代金を払いユイアルは無事開放されるのだが、ユイの心配をよそに戻ってきたユイアルは使用人たちと祝杯を挙げているのだった。怒ったユイはコーリャン酒の入った大甕に放尿する。翌朝、その酒が大変な美酒になっておりユイアルは<十八里紅>と名づけて大々的に売り出すのだった。大儲けをしてユイとも夫婦となったユイアルはコーリャン畑で結ばれた時に授かった子供も出産して幸福だった。その子供トウコアン(リウ・チー)も9歳となり商売も順調で平穏な毎日だったのだが、日本軍が侵攻してきて道路を作るために村の男たちを強制労働に徴集する。抗日運動家の番頭、ルオハンが連れてこられて吊るされ村人の見ている前で生皮を剥がれるのだった。ユイアルは使用人たちと日本軍に抵抗しようと気炎を上げるのだが、翌日待ち伏せしていた日本軍に射殺されてしまうのだった、怒ったユイは爆弾を仕掛けて日本軍に復讐する。村人たちは殺害され、生き残ったユイはトウコアンの手を引いてその場に立ち尽くすのだった。非常に力強い映画である。


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://amerisoreiyu.blog27.fc2.com/tb.php/526-0a881b63
    この記事へのトラックバック