昨年、緒形拳氏が急逝されて、彼を追悼する番組が放映されているようだ。小太郎は「火宅の人」「鬼畜」「復讐するは我にあり」と「楢山節考」を思い出したが、やはり鬼才・深沢七郎の原作の素晴らしさとカンヌ映画祭パルムドールを受賞した本作をはずす訳にはいくまい!と思う。深沢七郎は山梨の石和に生を受けたが少年時代から大のギター好きで壮年になるまでギターを手離すことは出来ず、日劇ミュージックホールなどで弾いていたのだが、突然、小説を執筆した。「楢山節考」である。1956年当時、中央公論新人賞の審査員には伊藤整・武田泰淳・三島由紀夫など層々たる作家が名を連ねていたが、彼らに大きなショックをもたらした。無論、満場一致の新人賞受賞である。戦後、日本には西洋的ヒューマニズムというものが流入してきたが、本作はそんな甘っちょろい考えを根底からくつがえす。ワタシは学生時代に読んだのだが、よく生きるということはよく死ぬことなのだと漠然と感じた。これは民話にもある姥捨ての話である。この作品の根底にある<明るいニヒリズム>ともいうべきものが、無を肯定する日本人の死生観なのだと確信した。映画の中で老母りんが歌う歌は全て深沢七郎の作ったものである。脚本・池端俊策、監督・今村昌平(「復讐するは我にあり」「うなぎ」などの黄金コンビである)。

信州の貧しい寒村。村人は農作の他に草鞋や莚編みなど正月以外は年がら年中働きづめであるが、それでも一家の食い扶持がまかなえない。そんな具合なので長男以外は嫁とりも出来ず、次男以下はクサレと呼ばれて労役夫などするしかなかったのだ。村人から<根っこの家>と呼ばれている辰平(緒形拳)は長男で69歳になる母りん(坂本スミ子)と20歳になるけさ吉を頭に3人の子がおり、弟の利助(左とん平)が同居していた。(父、利平は30年前に行方不明に辰平の妻は先年ガケから落ちて亡くなっている)この辺りでは棄老の風習(姥捨て)があり、りんも冬になる前に楢山に棄てなくてはならなかった。娘の人身売買などをする行商の塩屋(三木のり平)が、辰平に後妻の話をもってくる。向こう村に亭主を亡くした女がおり100日以内に再婚させたいのだという。その女、玉やん(あき竹城)が辰平の嫁としてやってくる。りんは明るくてよく働く玉やんが気にいり家のこと、山のこと(秘密の魚やキノコなどの収穫場所)を全て伝えるのだった。そして生き恥をさらしたくないと33本あった歯のうち前歯を石臼で折って着々と楢山入りの準備を進めるのだった。晩秋になっても辰平はりんをお山に連れていこうとはしない。りんは何度も催促をしとうとう姥捨ての日がやってきた。(お山へ入ったら親子しゃべってはならないとか作法を教授しにくる者がいる)りんは辰平の背中におぶさりながら、昔から伝わる歌を歌うのだった。<カヤの木、銀やんひきずり女、姉さんかぶりで、ネズミっ子抱いた><塩屋のおとりさん、運がよい、山へ行く日にゃ雪が降る>途中、銭屋の忠やん(深水三章)が父、又やん(辰巳柳太郎は往年の剣劇スター)を棄てに来ていたが、又やんが死にたくないと暴れるので忠やんはガケから父を突き落とす。複雑な思いを胸に秘めながら、辰平は山を登る。(この辺りの緒形拳の演技は涙を誘う)雪がちらほらと降り出して、辰平は涙をぬぐいながら背中のりんに語りかける。「運がいいや。雪が降って、おばあやんはまあ運がいいや。ふんとに雪が降ったなあ〜。」緒形拳氏のご冥福をお祈り申し上げます。