実生活でもパートナーである作家夫婦シーラ・ゲフェン(彼女の実体験を基に脚本を執筆)とエトガー・ケレット(彼の両親も又ホロコーストの生き残り)の初監督作品。2007年カンヌのカメラドール賞を受賞した。(SACD脚本賞も受賞)静かな音楽はクリストファー・ボーウェン、幻想的な映像を編集したのは「グランブルー」「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のフランソワ・ジュディジエである。イスラエルとフランスの合作映画。浮き輪をつけた5歳の少女ニコール・レイドマン(彼女はこの映画で人気が出て、CMなどで引っ張りだこだという。実にかわいらしい少女である)に惹かれてつい最後まで見てしまった。イスラエルは世界から非難されているが、イスラエルの置かれている現在の状況を遠まわしではあるが描いている。建国60年、四国ほどの大きさの国に700万人余りの人たちが住むイスラエル。戦後ホロコーストの生き残りであるユダヤ人たちが、ヨーロッパなどから集まってきた。1990年には旧ソから10年間にわたって100万人が移住してきたという。数回にわたる中東戦争も経験してきた。(無論パレスチナ人を閉じ込めている地区もある)それに加えてフィリッピン(主に介護ヘルパーなどの仕事をしにやってくる)タイ(主に農業)中国(主に建設現場で働く)などから、働きにやってくる外国人も増加している。結婚式場でウェイトレスをしているバティア(サラ・アドラゴ)は自分の気持ちが素直に伝えられない。それで彼氏もアパートから出て行ってしまう。募金活動に熱心な母からは一度も抱きしめられたことがなく、父は若い女性(それも拒食症!)と同棲していた。バティアは誰も信用することが出来ず、殻に閉じこもっていた。仕事場では上司に怒鳴られてばかり、大家は家賃を値上げしてくるし、アパートの天井の水漏れは酷くなる一方(その話になると大家は逃げるのだ)。ある日、浜辺にいたバティアは海から揚がってきた浮き輪少女と出会う。(水色のパンツを履いたきりで小さな浮き輪を腰につけている)警察に連れていくが、一言もしゃべらない少女。仕方なくバティアは少女を預かるのだが、浮き輪をはずそうとすると少女は叫びだす。一方、結婚式披露宴で新婦のケレン(ノア・クノラー)はトイレに閉じ込められて脱出しようとするが足を怪我してしまう。カリブへの新婚旅行もお流れになってしまったケレンと新郎のマイケル(ゲラ・サンドラー)は安っぽいホテルに宿泊するが、海辺というのに海は見えず、下水道の匂いが漂う酷い部屋に入ってしまう。マイケルはエレベーターで謎の女性に出会うのだが、彼女はマイケルの事情を聞き自分のいるスウィートと部屋を交換してあげると申し出るのだった。一人暮らしの老女マルカ(ザハリラ・ハリファイ)の介護ヘルパーとして雇われたフィリッピン女性ジョイ(マネニータ・デ・ラトーレは本当に介護ヘルパーとしてテルアビブで働いていた女性である)。気難しいマルカに辟易するジョイだったが、マルカの娘で舞台女優のガリアとうまくいっていないことを知り、何とか2人の橋渡しをするのだった。ジョイはフィリッピンにおいてきた息子と毎日電話で話すのを楽しみにしていた。ホロコースト第二世代と言われる監督夫婦や出てくる人たちの苦悩を幻想的なタッチで描いた本作。建国60年の混迷が間接的に示唆されてはいるが、シーラ・ゲフェン自身の体験談のようにも感じられる。(子供の頃、この少女のように浮き輪をつけて海水浴に来たが、アイスクリームをかってもらえず両親は喧嘩をしだして見捨てられたような気持ちになった悲しい記憶をそのまま描いている)映画の中でも自分の子供時代だと思われる浮き輪少女を追いかけて海に入り溺れかけるバティアの姿が描かれる。見るべき場面はこのラストだけである。