1970年代当時、アンディ・ウォーホールを美術手帖などで特集しており随分読んだものだが、この映画はちょっと違う。ウォーホールを演じたガイ・ピアーズもイーディを演じたシエナ・ミラーもボブ・ディラン?を演じたヘイデン・クリステンセンも違う。ウォーホールはファクトリーに美男美女を侍らせたが美男美女が一人も出てこない。イーディ・セジウィックは1943年のサンタバーバラで生まれた。祖父はエレベーターを発明した人で父親は3000エーカーの牧場主だったが、そこから石油が出るまではそう金持ちというわけでもなかった。父親は躁鬱病で母は結婚するとき医者から子供は作らないように忠告されている。だが8人も子供を作りイーディは7人目である。長兄ボビーはハーバードに入学した秀才だったが精神病で入退院を繰り返しており、結局ハーレーに乗っていて事故死しており、次兄ミンティも15歳でアル中になり16歳で精神病院に入院、26歳で自殺しているからイーディの精神不安定も遺伝によるものであろう。本作ではイーディとの破局後にボブ・ディランが結婚しているかのように描いているが、実際イーディとボブが肉体関係にあったかどうかは不明でイーディがウォーホールに会う一年前にボブとは出会っており、その時すでにボブ・ディランは結婚していたはずである。だが、人を罵ることで有名だったボブ・ディランや悪魔のようなジム・モリソンに愛されていたことは事実である。だがアンディ・ウォーホールに関しては、セレブなイーディに顧客を紹介してもらったりしており利用したと言われても仕方がない。ウォーホールにもディランにも拒絶されたイーディは親からの仕送りも途絶えて、再び精神病院に入院するが1965年11月に入院患者のマイケル・ポストと結婚している。1971年に退院したが、間もなくオーバードーズで亡くなった。享年28歳。イーディの死に無関心を装っていたウォーホールだが、ウォーホールが敬愛してやまない作家のカポーティはこう言っている。<思うにイーディはアンディがなりたかった何者かだったんだ・・・・・女房の服を選ぶのにわざわざくっついて来たがる男さ。ああいうのは自分がそれを着たいからじゃないかとわたしは思っている。チャーミングで生まれのいいボストンの社交界の娘になりたかったんだ。アンディ・ウォーホール以外の誰かになりたかったんだ。>イーディとウォーホールの関係はカポーティのこの言葉が一番、的を得ていると思う。セレブからモデルへファッション・リーダーになりウォーホールのミューズと言われて、様々なアーティストに霊感を与えたイーディ。傷つきやすい天使のようなイーディの駆け抜けた青春を描く。どうでもいいような映画だが、劇中でクリステンセンとミラーが本番をしたのでは?と下世話なゴシップも出た作品である。