小太郎の洋画人生の始まりは淀川長治の「日曜洋画劇場」だったが、中でも「わが谷は緑なりき」は少年の視点から語られており子供心に印象深い作品であったと思う。1939年リチャード・ルエリンのベストセラー小説の映画権を20世紀FOXが獲得したのだが、脚本家が3人も交替したというから「風と共に去りぬ」と同様のヒットを狙っていたのだろう。監督は名匠ジョン・フォード。長男の嫁ブロンウェン役のアンナ・リーが妊娠していることを知らなかった監督は階段落ちシーンで彼女が流産してしまいずっと責任を感じていたという。そんな悲劇もあったが本作はアカデミー6部門を制覇するという快挙を成し遂げたのだ。10歳の少年ヒュー役に英国から疎開してきていた少年たちの中からロディ・マクドウェルを選んだことは有名である。繊細だが気丈な少年を見事に演じてみせて天才少年の名を欲しいままにしたのだ。1941年当時、戦争が勃発し英国のウェールズでロケするはずだったのを断念、サン・フェルナンド・ヴァレーに巨大なオープン・セットを作って撮影された。炭鉱夫一家であるモーガン家の悲喜こもごもを描いた映画は全世界の人々を感動の渦に巻き込んだ。(原作は多分に政治的・組合と会社の攻防など社会的要素が強いのだが、映画は家族の物語になっており、それが成功の要因であろう)モーガン家は炭鉱夫の父(ドナルド・クリスプ)と優しい母(サラ・オールグッド)そしてブロンウェン(アンナ・リー)と結婚して独立した長兄のイヴォー、間に数人の兄弟たちと姉のアンハラド(モーリン・オハラ)末っ子のヒュー(ロディ・マクドウォール)がいた。兄たちは全員炭鉱で働いていたのだが、会社が賃金を下げたので彼らも又、労働組合の賃上げ運動に参加しようとするのだが、父は大反対をする。父と喧嘩した兄たちは家を出たので、アンハラドとヒューだけになってしまった。アンハラドは牧師のグラフィード(ウォルター・ピジョン)が好きだったのだが、禁欲的な牧師はアンハラドへの気持ちを抑えていたのだ。そして度々起こる落盤事故。そのサイレンを聞くたびに女たちは恐怖におののく。美人のアンハラドには炭鉱会社の息子から嫁に欲しいという話も持ち上がってきたのだが。長兄イヴォーの事故死に進学を決めていたヒューはイヴォーの代わりになって炭鉱で働こうとする。成績優秀なヒューだけは進学させてやりたいと思っていた両親の思い。アンハラドも又、牧師が身を引いたことにより気のそまぬ結婚をしてしまう。石炭が不況になり故郷もまた様変わりしてゆくのだった。この映画は大人になったヒューの回想という形をとっているのだが、白黒なのに色彩を感じる温かみのある良質な名作でありそのエッセンスは現在もなお色あせてはいない