1968年、ロマン・ポランスキー監督の渡米初の映画「ローズマリーの赤ちゃん」は当時、衝撃的賛辞をもって迎えられた。ニューヨーク、マンハッタンのアパート(撮影されたのは後年ジョン・レノンが殺害されたダコタ・ハウスである。)に住む売れない俳優ガイ(ジョン・カサベテスは後年「グロリア」などの監督になるが、この頃は二枚目俳優だった。)と妻ローズマリー(ミア・ファローはフランク・シナトラの年の離れた嫁だったが、後年ウッディ・アレンと結婚・離婚。実子養子合わせて13人の母親になる。)が住んでいる。ローズマリーの養親ハッチ(モーリス・エバンス)はアパートには良くない噂があると心配するのだった。(トレンチ姉妹が人肉を食っていたとか、1959年には地下室で新聞紙にくるまれていた赤ちゃんの変死体があったとか)ローズマリーは7階に住むカスタベット夫妻の養女テレサと知り合いになる。テレサは両親にもらったというタニス草の入ったお守りを見せてくれる。だが、そのテレサがアパートから自殺する。ローズマリーはミニー・カスタベットが持参したデザートを食べて気分が悪くなり、悪魔に犯される夢を見てしまう。ほどなくして妊娠したローズマリーをカスタベット夫妻が祝ってくれる。いつの間にか夫は夫妻と懇意になってしまってるのだ。ミニー(ルース・ゴードン)は毎日のようにローズマリーを訪問しては、テレサがつけていたのと同じお守りをくれたり甲斐甲斐しく世話をしてくれるのだが、ローズマリーは気味悪くて仕方がない。心配したハッチがお見舞いに来てくれるのだが、どうしたことが帰り際に手袋をなくす。ほどなくハッチから電話がかかり重要な話をしたいからと11時にタイムビルの前で待ち合わせをするのだが、ハッチは到着する前に入院してしまう。夫はポームガードという役者が突然に失明してしまい、自分に役が回ってきたことを単純に喜んでいるのだった。ローマン・カスタベット(シドニー・ブラックマー)に相談してからツキが出だしたと言う夫。夫妻が紹介してくれたサバスティン医師の胸にも同じお守りを見てしまったローズマリーは恐怖にかられる。パーティの席では友人たちが医師を変えたほうがいいのでは?と心配してくれるのだった。(ミア・ファローのどんどんと追い詰められてゆく演技が凄いのだ)ハッチも亡くなり、ローズマリーは夫妻からも夫からも逃亡するのだが、結局赤ちゃんを産んでしまう。「待ち望んでいた子よ。」という夫妻。「仕方なかったんだ・・」という夫。ローズマリーは恐る恐るベビーベッドの中を覗き込む。「目がないなんて!悪魔の子よ!」と叫ぶが、だんだんと母親の顔になってゆくローズマリーだった。恐ろしい作品である。映画完成の翌年、ポランスキーは妊娠中の新妻シャロン・テートをマンソンに惨殺されてしまう。マンソンはシャロンの腹を裂き、その血で壁に文字を書いていたという。