ピーター・グリナーウェイ監督は実に凝った映像を見せる。徹底しており妥協を知らない監督である。「英国式庭園殺人事件」も「プリスペローの本」も「数に溺れて」「ベイビー・オブ・マコン」もその奇想の世界に驚く。昨年は「レンブラントの夜警」を撮った。本作は1989年の映画であるが時のサッチャー政権を批判しているという人もいる。非常に人工的な場面が横にスクロールする撮影方法は度肝を抜かれる。ジャン・P・ゴルチエの衣装とイタリア人シェフ、ジョルジョ・ロカッテリが料理を担当した。皿洗いの少年が終始、神に赦しを乞うアリアをボーイソプラノで歌いあげ、マイケル・ナイマンの楽曲も素晴らしい。高級フレンチレストラン<ル・オランデーズ>を舞台に話はすすむ。大泥棒アルバート・スピカ(マイケル・ガンボンはホグワーツの校長を演じている俳優)は極悪非道で横暴、妻ジョージナ(ヘレン・ミレン)はそんな夫を恐れながらも、その下卑た粗暴さを内心軽蔑していた。毎夜、妻と手下たち(若きティム・ロスがいる)を引き連れて<ル・オランデーズ>にやってきては贅を尽くした料理を注文するのだった。いかにも料理の素晴らしさがわかっているようなフリをして。(この大悪人にはものを味わうなどということは出来ないのだ)シェフのリチャード(リシャール・ボーランジェ)はそんなスピカに反抗することも出来ない。ジョージナはレストラン内で読書をしている学者マイケル(アラン・ハワード)に心ひかれるのだった。マイケルもまたジョージナに惹かれる。2人はトイレで愛しあうのだった。その夜から2人は皿洗いの少年の手引きで厨房で愛し合うようになる。シェフもまた2人の味方だったのだ。
店内は赤、厨房は緑、トイレは白と色分けされて衣装もそのたびに違う。舞台劇を見ているような感覚である。一番温かいのは学者の書庫で愛を確かめあう2人の姿である。だが2人の情事に気づかないスピカではない!冒頭から最後までこの男の冷酷無比さ極悪さは目を背けたくなるほどである。手引きをする天使のような少年の口にボタンをつめて窒息死させたり、学者の口に本のページをつめこんで惨殺する。深い悲しみと夫に対する憎悪と怒りに妻は愛人の丸焼きを夫に饗するのだった。恐ろしい話である。大悪の前では信仰(少年)も理知(学者)も露と消えさるという話である。世の中にはこんなことが日常茶飯に起こっている。