カミーユ・クローデルのことを書き始めるととても紙面が足りないが、本作はロダンとカミーユの破滅愛を描いており、イザベル・アジャーニは狂気に至るカミーユを見事に演じてベルリン映画祭で主演女優賞を受賞した。監督は当時、アジャーニの夫だったブリュノ・ニュイッテンである。カミーユ・クローデルは幼い頃から天才の片鱗を覗かせており、父親(アラン・キュニー)は娘のために彫刻の勉強をさせようと一家でパリに出てくる。アトリエを持たせてやりブーシェという先生までつけてやるのだった。母親(マドレーヌ・ロバンソン)は精神不安定だったが(多分にカミーユはこの母の遺伝子も継いでいる)カミーユの下に弟のポール(有名な詩人にして外交官)と妹が出来ていた。師匠がイタリアに行くこととなり代わりにロダン(ジェラルド・ドパルデュー)を紹介してくれる。ロダンの視線は18歳の才能ある美貌の弟子に釘付けであった。同じ弟子のジェシー(カトリン・プアマン)は「師匠は女たらしで横暴!」とはき捨てるように言うがカミーユは才能豊かな42歳のロダンに惹かれてゆく。ロダンには内縁の妻ローズ・ブートがいた。ローズは文盲で学のない女だったが、ロダンには並々ならぬ愛情を注いでおり24歳の時から無名のロダンを支え続けてきたのだ。(お針子をして家計を支え、馬小屋を改造したアトリエで石膏が乾かぬように寝ずの番をしたりモデルもしていた。だがロダンは彼女を籍にはいれず、入籍したのは死ぬ間際、同棲してから53年後のことだった。)カミーユとロダンの仲を知らない父親は田舎のバカンスにロダンを招待するが、ロダンは郊外にアトリエを作ったのでカミーユがどうしても必要だと言い彼女を連れ去ってしまう。2人だけのアトリエで彼らは<カレーの市民>を製作し、激しく愛し合う。カミーユはほどなく妊娠するが、ローズと別れてくれというカミーユにうんとは言わないロダン。カミーユは堕胎し、ロダンとの決別を決心する。ドビュッシーなどとも交際するがロダンのことが忘れられないカミーユだった。ロダンの口添えで外交官となっていた弟のポール(ロラン・グレヴィル)はセーヌ川洪水の害が姉のアトリエに及ぼしていないかと訪問する。アトリエは水浸しでたくさんの猫と共に幽鬼のような姿になっているカミーユを発見する。画廊を経営しているプロ氏がやってくるが、カミーユの彫刻の素晴らしさに感嘆し、個展の準備を始めるのだが1905年、カミーユは発狂してしまう。カミーユ・クローデルの彫刻を見てもらえればわかるが、ロダンの彫刻に酷似しており、当時女性彫刻家というものもいなかったので<ロダンの模倣>という評価をなされていたのである。そのことも彼女を追い詰めたのであろう。(それでも彼女の彫刻は素晴らしく、愛するロダンを老婆のローズが自分から連れ去ろうとする<分別盛り>などは彼女の葛藤と苦しみが滲み出ていて痛々しい!)18歳から42歳まで不安定な精神状態で彫刻を続けていたが、とうとうそれも出来なくなり精神病院で30年間、78歳で亡くなるまで幽閉されていたという。ロダンも又<カレーの市民>以降、これといった作品は残していない。これは余談だが、大正期、日本にも外交官として滞在したことのある弟のポール・クローデルは1943年、パリで「日本人は貧しい。しかし高貴だ。世界でどうしても生き残ってほしい民族をあげるとしたら、それは日本人だ。」と言っている。