1965年の映画であるが2年を費やして製作されている。「原作よりいい!」と原作者の山本周五郎が絶賛した。黒澤明は「映画というものは生きる力を与えてくれるものである」と公言してはばからなかったが、実に正しい姿勢であろう。ドストエフスキーが愛読書だったという監督らしく人間洞察に優れた描写に驚く。少し長丁場な作品ではあるが家屋の倒壊するさまなどワンシーンのこだわりは半端ではない。そしてどの俳優にも難しい役柄を与えているのだ。この課題に応えて見せなければ俳優とは言えないといわんばかりのキャスティングである。(現在ならこのレベルに達していない俳優はわんさといるが)長崎で蘭学をおさめた保本登(加山雄三)は小石川養生所に赴任させられるが、本人は典薬医になることが夢であったのですこぶる不満であった。<赤ひげ>こと新出去定(三船敏郎)は気難しく頑固者であり、小石川は貧乏人であふれておりすえた匂いを放っており保本は一刻も早く養生所を出て行くことばかりを考えていた。ところが蒔絵師だったという文助(藤原釜足)の苦悶の臨終や文助の娘おくに(根岸明美)の耐え難い人生を目の前にして保本の心は少しずつ変化する。仏のように他人のために善をほどこす佐八(山崎努)の悲しい過去、岡場所で虐待され続けて人間らしい心を失ってしまっている娘おとよ(二木てるみ)の看病、一家心中する長次(頭師佳孝)とおとよの交流など社会の底辺にいる人間の生き様にスポットライトを当てて丁寧に描写する黒澤明の手腕に脱帽するしかないのである。現在という混沌とした時代は黒澤の描く世界に共通したものがあり、現在だからこそ黒澤映画なのではあるまいか!