「ジャングル・ブック」や「少年キム」などを書いて1907年史上最年少の41歳でノーベル文学賞を受賞したラドヤード・キプリングが第一次世界大戦で一人息子を亡くした悲しみを一編の詩にしたためた。それをブライアン・カーフ監督が映画化した。これはハリー・ポッター役のダニエル・ラドクリフがその息子を演じたTV映画である。南西イングランドにあるキプリングの広大な屋敷<ベイトマンズ>で何不自由なく育った17歳のジャック(ダニエル・ラドクリフ)は何度となく軍隊への入隊テストを受けるが強度の近視で落とされていた。父(デヴィッド・ヘイグは本作の脚本も担当している。実際のキプリングにそっくり!)は高名な作家だったが、愛国者であり英国の植民地政策に賛成であり帝国主義者でもあった。彼はドイツへの宣戦布告を強く説いており陸軍省プロパガンダ委員会にも席を置いており、英国の若者に軍隊志願をするよう講演をしていた。ジャックは息詰まりな<ベイトマン>の暮らしから逃れたい一心で軍人になりたがっていた。(周囲の若者も又次々に軍隊に入隊している)父はあらゆる所に手を回して息子が入隊できるよう手配する。母(キム・キャトラル)は息子を陸軍の事務職にやりたがっており、姉のバードも戦争に息子を行かせようとする父に反発している。英国はドイツに宣戦布告するが、オベールの戦いでは英国軍は敗退、将校458人、兵士11161人が死んでおり父はそれを聞いて戦意高揚の記事文を書いている。だが戦況はいたって不利だった。英国軍の弾丸は八割が不発弾で、軍同士の相打ちも多々あったという。(負けを承知で戦争に突入するなどかって日本も経験したことである)ジャックは厳しい仕官候補生の訓練を受けて、努力と不屈の精神力で少尉となる。部下は20人(第五小隊)新兵の訓練に明け暮れるが、8月17日(奇しくもジャックの18歳の誕生日)朝7時半に出撃命令が出る。そのルースの戦いと後に呼ばれる戦線では初日だけで385人の将校と7861人の兵士が戦死しているのだ。キプリングはジャックが行方不明になったという電報を受け取る。(当時600人の行方不明者がいた)家族はあちこちに働きかけて捕虜兵の写真を送ってもらったり、帰還兵の話を聞いたりするがジャックの行方は杳として知れなかった。ある日、ジャックの部下だったという兵士が<ベイトマンズ>にやってくる。現在の我々が見るとキプリングのような父親像は間違っていると声を大にして言えるが、当時、国家高揚の旗の元どれだけの若い命が奪われたことであろう。しかし第一次世界大戦だけでは飽き足らず、世界は第二次世界大戦に突入して更に悲惨な戦争を性懲りも無く行うのである。