「ベルベッド・ゴールドマイン」のトッド・ヘインズ監督が敬愛してやまないボブ・ディランの半生を描く。6人の俳優にボブ・ディランを演じさせた。1959年ディランにとっての音楽の神様ウッディ・ガスリーを名乗った黒人少年(マーカス・カール・フランクリン)はギター1本で放浪を始めた初期のディランである。フォークの神様とさえ讃えられたディランだったが1965年にロックに転身しファンを激怒させた。(売春行為とまで言われる。勝手に崇めて自分の思い通りにならないと思ったらコキ降ろす。「世の中を変える?」とか聞く記者もおかしい。)この時期のディランをジュード(ケイト・ブランシェットはこの演技でヴェネツィア映画祭で女優賞受賞、ゴールデングローブの助演女優賞などを受賞している。)という男で表現。1970年〜1980年の間、聖書にのめり込むディランは精神世界にも傾倒する。ジャック・ジョン神父(クリスチャン・ベール)がそういったディランを表現する。元妻サラと愛人スージー・ロトロ(彼女はアルバムのカバーにも写っている)の三角関係に疲れるディランをヒース・レジャー(彼は今年急逝してしまい残念だ)が、難解な回答をしてメディアを煙に巻いていたディランをアルチュール・ランボー(ベン・ウィンショー)が表現している。(彼は天性の詩人でありランボーに耽溺していた。)1966年にバイク事故を起こしたディランは隠遁生活に入るが、アウトローのビリー(リチャード・ギア)で表現。共に歌っていたこともあるジョーン・バエズにジュリアン・ムーア、妻にシャルロット・ゲンスブールが演じている。当時のベトナム戦争や公民権運動など、時代の潮流の中で彼の言動は常に注目された。今年66歳の彼は年間100回ツアーを行い、現在も尚活動しているが、本作でも全編を通して彼の歌が流れてミュージック・ビデオのような様相を呈している。6人の俳優も又ディランそっくりに喋り歌う。6人の演技力が問われる競演という感じだ。ディランは詩人としても一流で度々ノーベル文学賞候補にも挙げられているが、そんなものディランは喜ぶのだろうか?60年代〜70年代の空気を吸ったものしかガスリーやディランのことなど興味ないかもしれない。なぜ今ディランなのか?彼のメッセージが今となって真実だと気づいたからか?ディラン自身は同世代の代弁者だと言われるのは嫌っているようだ。「ほとんど彼らと共通するものもないし、彼らを知らない」と答えている。常にアウェイであり続けたディラン。それゆえ賞賛も侮蔑も憎悪も浴びた。ディランは今、何を考えているのか?そんな事を考えさせる作品であった。