1987年当時、非常に問題作という衝撃をもって世に出たドキュメント映画「ゆきゆきて、神軍」は、先の大戦に対して真の怒りを世にぶつけた人物、奥崎謙三の運動を撮る。監督は「全身小説家」などのドキュメントの名匠、原一男である。製作には原の妻、小林佐智子。企画に今村昌平が名を連ねている。1920年兵庫県に生まれた奥崎は独立工兵第36連隊に配属されて激戦地、東ニューギニアに送られる。千数百名いた兵士の中で生き残ったのは30数名だったという。奥崎は豪州軍の捕虜となり1946年に復員するが、復員船の中で兵士の持ち帰った食料を横領しようとした船長の腹を刺している。後にこの36連隊で起こった部下射殺事件のことを調査するよる模様をドキュメントは撮っている。敗戦3日後に上官は終戦を知ったのだが、それから20日も経ってから部下2人を敵前逃亡だといい射殺したのである。その場に居合わせた者を尋ねて事情を聞いて回る奥崎。その2人の兵士、吉沢徹之助の妹、崎本倫子と野村甚平の弟、野村寿也と共に元上官たちを訪問する。生きて戻った上官たち一人一人に事情を聞こうとするが、口は重く真実を語る者はいない。時には暴行を働く奥崎。その間にも亡くなった兵士の遺族の家を訪問して、残された母を自分の母のように接したり死んだ戦友の墓前にいつまでも正座する奥崎の姿が映し出される。根気よく当時の模様を知る人々に会い、説得を重ねてゆき、驚愕の事実が語られる模様を我々は目撃する。くじ引きであるいは用をなさない者から殺害されて食われるという驚愕の事実。そして1983年12月15日、処刑命令をしたと見られる古清水元中隊長の息子に発砲をして2日後に逮捕、1987年殺人未遂で12年の実刑判決が出る。同じ敗戦国でもドイツとは違う方向に進んだ日本の戦後処理のまずさを露呈するようなドキュメントであるが、過激と見える奥崎の心情はわかる。日本の戦後は未だ終わってはいないのである。奥崎は1956年に悪徳不動産業者を傷害致死に追いやり10年の実刑を受けている。1969年には皇居一般参賀において昭和天皇に向けてゴムパチンコを4発発射して1年6ヶ月の実刑。(「ヤマザキ、天皇を撃て!」と戦友の名を呼び発射した。天皇の戦争責任を追及してのことである)1972年には天皇ポルノビラ事件を起こして1年2ヶ月の実刑。1981年には田中角栄殺人予備罪として罪に問われるが不起訴。そしてこの事件である。奥崎謙三は2005年に兵庫県内の病院で亡くなったが、死ぬまで「馬鹿野郎!」と叫んでいたという。ワタシは奥崎のやり方が正しいとは思わない。がしかし、奥崎もまた戦争の被害者であり、あらゆるものにフタをしてしまい口をぬぐっている日本人に物申したかったのに違いないのだ。日本の戦後処理・戦後教育のまずさが、現在の混迷した日本を形成していると言っても過言ではないだろう。