近松門左衛門の「曽根崎心中」は実話を元にした浄瑠璃の演目であるが、1978年異色の監督、増村保造(東大法学部を卒業後、イタリア留学をしてフェリーニやヴィスコンティに師事した。)が映画化した。徳兵衛の役に宇崎竜童を抜擢したのも異例なことであった。梶芽衣子のキリリとした美しさもさることながら、天神の森での心中シーンがリアルで凄惨の美ともいうべき演出がなされており長く記憶に残った作品である。大阪内本町の醤油店、平野屋手代の徳兵衛(宇崎竜童)は真面目な働きぶりで叔父でもある店主久右衛門(井川比佐志)はいずれ店をまかせようとしていた。それで妻の姪おはると娶わせようと考えていたのだが、当の徳兵衛には堂島新地の天満屋お初という惚れた女がいたのだった。お初のほうでも徳さま命と心に決めていたのだが、店の主人吉兵衛とお内儀からは甲斐性のない男など相手にするなときつく言われていた。徳兵衛が店に帰ると久右衛門がおはるとの縁談話をするのだが、徳兵衛は天満屋のお初と一緒になるからと断る。困った久右衛門は徳兵衛の継母お才(左幸子)に銀二貫目を渡して縁談の取り決めをしてしまうのだった。それを知った徳兵衛はそんな話は受けられないというと、久右衛門は「来月7日までにその金を返せ!返さねば大阪から追放してやる!」と息巻くのだった。徳兵衛は実家に戻り何とか強欲なお才を説得して金を返してもらう。ところが帰路の途中で友達の油屋九平次(橋本功)にバッタリ会う。九平次はバクチで借金をしてしまい自分の店を売らなければならないと泣きつくのだった。優しい徳兵衛は3日までに返済してくれたら金を貸してやってもいいと言い、銀二貫目を貸してやるのだった。だが約束の期日がきても九平次は返済しに来ない!新地でバッタリ!九平次に会い返済を求めるも、シラをきり反対に自分が紛失した印で証文を書いたに違いないと言い出す始末。ケンカになるが九平次の仲間にやられる徳兵衛だった。お初に会いに行き、極まった自分の状況を話す徳兵衛。お初も又見請けの話が出ており、進退窮まる2人だった。(縁の下に隠れている徳兵衛に自分の覚悟のほどを話すお初とその足首を取って自分もまた死ぬ覚悟であると、自分の喉を掻ききる真似をする徳兵衛。この演出は近松の名声を上げた。)夜半、2人は曽根崎天神の森にゆき(現在ではそんな深い森はないが)互いの体を松と棕櫚の相生の木に縛り、徳兵衛はお初の喉を刺し貫き、自分も又自刃して果てる。元禄16年(1703年)4月7日のことであった。庶民の悲劇を描き、しかも芸術的にも昇華された演出をなした近松という劇作家に比する人は世界のどこを探してもいない。この洗練された芝居を庶民が見たということの凄さ!日本人がいかに文化的に優れていたかを証明するものである。だが昨今では元禄の人より見る目が低下しているでは?と思われるような現象が起きている。