男性に抑圧され庇護されてはいるが孤独で自由意志を阻まれている大陸の女性を描いた作品。
ダイ・シージェ監督は1954年福建省生まれの54歳。文化大革命の嵐が吹き荒れる17歳のとき再教育として3年間四川省の山村へやられた。1984年政府留学生としてパリへ行き映画を学んだ。1989年に「中国わがいたみを」を撮る。四川省の山村にやられた経験を元に「バルザックと小さな中国のお針子」を執筆し映画を撮影して注目される。本作もまた同性愛という形をとってはいるが、女性の自立と自由をテーマに描いている。1976年の大地震でロシア人と中国人の両親を亡くし孤児院で育ったリー・ミン(ミレーヌ・ジャンパノワ当初この役は中国人女優に決まっていたのだが、同性愛映画に出るなどもってのほかだと言われたその女優が断ったらしい)は実習生として一ヵ月半だけ植物園島にやってくる。その島は植物学の権威であるチェン教授と娘のアン(リー・シャオラン)が住む小島だった。チェン教授は学者としては一流だがとても気難しい人間で、朝食は7時30分を少しでも過ぎると食べなかったり夜のお茶は昼飲むお茶より5グラム減らすように決められており、それも雨水で入れないと不機嫌になる。身の回りの世話から爪切りまで娘にやらせていた。アンとリーの孤独な魂が邂逅するには長い時間はかからなかった。松脂を白くなるまで足でこねるアンに「美しいわ。」というリー。古びた温室で全裸になって薬草蒸気の立ち上る中を横たわるアンに心ひかれるリー。アンもまた行水をするリーに引き寄せられるのだった。野山で薬草人参をとったり寺院で108羽の鳥を放したら離れないと僧侶から聞き、湖に面した放生台から鳥を放つ2人だったが、その幸福も長くは続かなかった。軍人である兄タンが休暇で戻ってきたのだった。タンは一目見てリーを気に入ってしまう。父もまたタンを早く結婚させたがっているのだった。アンは「兄と一緒になったら一生2人でいられる。」とリーに言う。結婚式前夜、リーはアンに処女を捧げる。無事結婚式も終わり新婚旅行に行くタンとリーだったが、リーが処女でないことに激怒したタンはリーに暴力をふるい相手の名を吐かせようとするのだったが、リーは口を割らないのだった。天井に縛り上げられたままのリーを残してタンは任地に戻ってしまう。リーはやっとの思いでアンの元へ戻ってくるのだった。2人は再び温室で愛し合うようになるのだった。だが、幸福な日々は長くは続かない。2人の愛は成就できるのだろうか?美しい映像である。別世界である小さな島全体が植物園であり、2人の顔も体型も違う美しい女性がいるだけで絵になる。兄のタンがマッチョであまりいい男でないのもいい。兄も父親もまた女性蔑視なのである。(纏足みたいなものが生まれる国なのだ)大陸の女性は大変だなと思うのだ。その点、日本女性は早くから識字率が高いし、女性が文学なるものを書いたのも世界広しと言えども日本が一番先である。中世においては女性の知事みたいな人も結構いたのだ。大陸はいつまで経っても女は家畜と変わらない所が多い。同性愛に対しても厳しいのは大陸思想に他ならない。女性は日本に生まれて喜ぶべきである。